名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1572号 判決 1950年12月27日
被告人
今井保
外一名
主文
被告人今井保の本件控訴を棄却する。
原判決を破棄する。
本件を原審名古屋地方裁判所に差し戻す。
理由
検察官寺沢真人の控訴趣意第三について。
原判決が所論のように論旨摘録の公訴事実について被告人両名の行為は証明不充分であるか若しくは緊急避難行為として罪とならないものと判示していることは記録上明らかなところである。しかしながら原審で取調べられた証拠特に被告人両名の司法警察員に対する各供述調書(第一、二回)における各その供述記載、原審第七回公判調書における証人久田慶三の供述記載によれば右公訴事実を認定しえられないことはない。原判決は、所論のように被告人等及び証人久田慶三の右各供述調書又は公判調書における供述記載の措信しがたい旨を判示しているけれども、原審で取調べられた証拠によれば、被告人等が常滑町界隈における相当名や顔の売れた不良の徒輩であり、かなりの強か者であつて、一般の良民から大層怖れられたりうるさがられていることが明らかであつて、右説示のように、朝鮮人から脅かされるや、直ちに萎縮沈滞そのなすところを知らないような弱輩ではなく、その間において自己の勢威を恃んで他人に対し、逆に恐喝の企図をめぐらすだけの心の裕りを持ち得る人物であり、又その司法警察員に対する右各供述においても敢て司直の威に怖れ戦いて心にもなき自白をするような徒輩ではないものと認められるので、所論のように被告人等の右各供述調書における、その各供述記載は証拠としての信憑力を具えておるものと認めて差支えなく、従つて又公判調書における証人久田慶三の供述記載も之と対比し、尚論旨の諸点をも参酌してみて証拠としての信憑力に欠くるところはないものといいうるので、原判決が此等の各証拠を輙く排斥して被告人等の右所為の証明が不充分であると断じたのは所論のように失当である。よつて更に被告人等の右所為について緊急避難の理を容れうるかどうかについて審究するに、原審で取調べられた証拠によれば被告人等が隠匿物資の摘発によつて不正の利益を図り不逞の偽摘発隊を誘致したところ、その企画が不成功に終つた為めに被告人等が右偽摘発隊の不逞の徒輩より脅かされた末、右の所為に出たことが認められ、之に論旨の諸点を参酌してみるに、右は所論に所謂原因において自由な行為であり、その危難は被告人等においてその有責行為によつて自ら招いたものであつて社会の通念に照し已むことを得ないものとしてその避難行為を是認することができないばかりでなく、右説示のように被告人等において緊急な危難に直面していたものとも認められないので、この場合刑法第三十七条は之を適用しえないものというの外はない。(大正十三年十二月十二日大審院判決集第三巻第八七〇頁参照)されば原判決が予備的に謳つた右の緊急避難の所説も亦失当である。しかるに原判決が右のように被告人等の右恐喝の所為は証明が不十分であるか又は緊急避難として罪とならないものとしたのは原審において取調べられた証拠の程度においては他に首肯するに足る事由のない限り事実に誤認があり、又は法令の適用を誤つたものとなすの外なくその誤認又は誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決は刑事訴訟法第三百八十条、第三百八十二条、三百九十七条によつても亦破棄を免れない。
(検察官寺沢真人の控訴趣意)
第三、原判決は昭和二十四年十月二十三日附起訴状の被告人今井保、同谷川繕に対する公訴事実である被告人両名は共謀して昭和二十三年五月十八日頃愛知県知多郡西浦町大字西阿野字忠田七十九番地久田慶三方で同人に対し朝鮮人がつけて来ているが第三国人のことだからどんなことを始めるも知れない故貴方等に迷惑をかけるといけないので四、五万円貸して呉れと告げ同人をして若しその要求に応じなければ同人等にどんな事態が発生するかも知れないと感知畏怖させ、同人より貸借名義の下に現金二万五千円の交付を受けて恐喝した事実について被告人等の行為は証明不十分であるか若くは緊急避難として罪とならずとして無罪の言渡しをしているけれども同判決には重大な事実の誤認と訴訟手続に法令の違反があり、理由にくいちがい及び法令の適用に誤があつて判決に影響を及ぼすこと明らかである。
同判決は被告人等の当公廷における右事実に関する各供述、証人久田慶三に対する当裁判所の証人尋問調書中、同人の供述記載、同人の当公廷に於ける第一回供述、証人間宮友行に対する当裁判所の証人尋問調書中同人の供述記載を綜合して谷川繕及び被告人今井保が隠匿物資があると云つたことに端を発し、昭和二十三年五月十八月頃朝鮮人五六名を以て組織する僞隠匿物資摘発隊が常滑町に乗り込んで来たが、目的とする竹豊工場に所期の隠匿物資がなかつたので、朝鮮人等は被告人両名を常滑町の特殊飲食店三日月に監禁し、損害金として金五万円を出すべきことを要求し、遂には被告人谷川繕に火鉢を投げ付けて同人の頭部に負傷を負はしめ、剰へ「俺達は人を一人位殺しても平気だ、お前位殺しても何でもない」等と申向けて被告人等を脅迫したので、遂に被告人谷川繕は意を決して被告人今井保と共に朝鮮人の自動車にのせられて、予て親交のあつた久田慶三方に赴き、同人に対し、自己の現在の窮状を訴えて朝鮮人等に交付すべき金員の借用方を懇願したところ、久田慶三は被告人谷川繕に対し、金二万五千円を貸与したことが認められると判示し、被告人等に久田慶三を恐喝する確定的犯意も未必的故意も認めるに足る証拠がなく、仮に被告人等に恐喝の未必的故意を認定しても被告人等の行為は緊急避難として罪とならない旨判示している。(中略)
二、「久田慶三と被告人谷川繕との金銭貸借が通常の貸借であつたか或は又久田慶三が畏怖した結果被告人谷川繕に金員を貸与したものであつたか」の点につき、証人久田慶三は原審公廷に於ける第二回証言の際朝鮮人の偽摘発隊が来ていて、被告人両名が県道迄そんな第三国人を連れて来ていれば竹豊工場の場合のように乗り込まれたら大変だから被告人谷川に家を抵当に入れると頼まれたので、貸すと言うより返らない金だと思つていたので被告人等によりついて貰いたくないし、朝鮮人に乗り込まれないようにと思つて被告人谷川繕に金二万五千円を渡してやつた。
被告人両名が朝鮮人等と「グル」になつていたのか、真実被告人等が困つていたのか、突嗟の場合として判断がつきかねた旨供述していたので、久田慶三が県道迄来ていると被告人今井に説明された朝鮮人の偽摘発隊と被告人両名とを同一の目的によつて行動している一団と考へたか或は戸外迄来ている朝鮮人等を背景にして被告人両名が金五万円を貸して呉れと要求に来たものと考へて畏怖し、それに困つて被告人谷川繕に金二万五千円を貸与したことが明らかである。
然して原判決は証人久田慶三の右証言は同証人が第一回の原審公廷並に常滑警察署に於ける証人尋問の際偽証をなした嫌疑により、名古屋市東警察署に留置せられ、検察官及び司法警察職員の取調を受けている時で、当時起訴不起訴未定の状態にあつた際であるから、同証人の証言の任意性については多分の疑があり、之を法律上有罪認定の証拠とすることは聊か躊躇されると判断している。刑事訴訟法第三百二十五条は「書面に記載された供述又は公判準備若しくは公判期日における供述の内容となつた他の者の供述が任意にされたものかどうかを調査した後でなければこれを証拠とすることができない」と規定しているが、之は公判廷に於ける供述以前の供述の任意性について規定したものである。従つて公判廷における証人尋問の証言については同条が直接規定するところではない。然して偽証罪は刑法第百六十九条の規定するところで、法定処罰刑が三月以上十年以下の懲役に該り、久田慶三の供述は司法警察員、検察官、裁判官に対する供述に於て順次その内容が実質的に異り、且つ原審に於ける常滑警察署公判廷に於ける第一回証人尋問の際宣誓の上なした証言の内容も順次変化し、被告人今井保、同谷川繕のため作為的な虚偽の陳述をしていることが認められた。久田慶三については、以上の如く本件被告人等の為に作為的な有利な証言をするのは互に連絡しているものと推断されたので、刑事訴訟法第百九十九条により昭和二十五年三月九日被疑者久田慶三の自宅に於いて前記偽証被疑事件につき同人を逮捕し、同月十二日名古屋地方裁判所裁判官奥村義雄が同事件につき発布した勾留状により同日同人を東警察署留置場に勾留して取調べたところ同人は、被告人谷川繕等が逮捕されるや否や西浦町民の間では谷川も今度は重い刑になるそうだと噂されていたところ、谷川の妻から再三宜敷く頼みますと依頼され、更に他の地元有力者からも谷川は改心しているらしいので案配よく頼むと依頼されていた為、順次被告人谷川繕の有利になるように虚偽の陳述をして来た旨自白した。然して右自白が任意になされたかどうかの点については前記の如く刑事訴訟法所定の手続により、被疑者久田慶三を逮捕勾留し、逮捕後直ちに武藤弁護人を選任させて居り、何ら強制脅迫又は利害、誘導、約束等所謂誘因に基く自白ではない。同月十一日武藤弁護人を通じて被疑者久田慶三より書面によつて被告人今井保、同谷川繕の恐喝被告事件につき自己が虚偽の陳述をしていたので証人として再喚問せられるよう手続願いたい旨の上申書を検察官に提出した、検察官は被疑者久田慶三の右上申を容れ、三月十三日原審裁判所に対し弁論再開を請求し、同月十五日の公判期日に於て再喚問せられることになつた。証人久田慶三はその第二回証人尋問において、本日の供述の内容が全く任意のもので、利益の誘導又は約束に基くものでない旨を供述している、果して原審裁判官もその証言は「真実を語つていると思料する」と判断している通りである、然らば自白(又は供述)の任意性とは刑事訴訟法第三百十九条に規定するところで「強制喚問又は脅迫による自白不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白はこれを証拠とすることができない」のであつて、判示の如く「留置せられ起訴不起訴未定の状態にあつた」自白を任意性を疑う根拠とするならば、すべて拘束された被疑者の自白を任意性なしとして証拠能力なしと排斥しなけれはならぬ不合理を犯すことになる。それはウイグモアーの主張する如く「それを証拠として考へるとき信用する価値」があるかどうかの問題で「虚偽であるという懸念」とか「証拠とする不安」とか「不実の可能性」とかのない「真実を語つているものと思料する」自白(又は供述)に任意性を疑うこと自体自白の任意性と云ふ英米法の沿革を全く忘却した独断と云はざるを得ない。
以上の理由により証人久田慶三の原審公廷に於ける第二回証人尋問の供述は「其の証拠能力を措き茲に暫く引用する」ような矛盾した態度を採るまでもなく、任意性の問題を既に超克した「真実を語つているものと思料する」ものであるから原判決は採証の法則を誤り訴訟手続に法令の違反があると共に理由にくいちがいのあるものと云わざるを得ない。
三、次に原判決は被告人等の恐喝の犯意について被告人等が恐喝の確定的犯意を有したことについては被告人両名の司法警察員に対する各第一回供述調書中に稍々之を認める供述記載があるが、被告人等の原審公廷に於ける各供述と対比して軽く措信し難く、他に之を認めるに足る証拠は何等存在しないと判示し、更に恐喝の未必的故意については情況証拠から之を認定することができないようでもないように思はれると判断している。
先づ原判決は被告人等の右供述調書における自白を任意性なしとしてその証拠能力を排除しているのではなく、公判廷の供述に対比し信憑力がないとしている点に注目せらるべきであるが、此の種事案において捜査中に為した自白を公判に到り変更し否認することはその例極めて多いのであつて、本件につき特に公判廷における否認弁解を容れ曩に為した自白の証明力を否定すべき特別の理由を発見し得ないのである。
而して、更に原判決は「仮りに被告人等に恐喝の未必的故意を認定しても被告人等の行為は緊急避難として罪にならない」と判示し、検察官の「被告人等の所為」は所謂「原因に於て自由な行為に該当し緊急避難が成立しない」との主張を排斥しているが、本件は左記理由によつて緊急避難を認むることを得ない案件であると思料する。
即ち(1)、前記証人間宮友行の証言により明らかな如く被告人等は最初から偽の摘発隊により巨利を得んとしたこと、(2)、右摘発は朝鮮人坂本の連絡する一団によつて行はれること、(3)、当時朝鮮人、中華人等所謂第三国人が偽りの摘発を盛に行い、摘発の名目で財物を奪取する例は枚挙に遑がなく、被告人谷川繕は前記の如く西浦町常滑町の知識階級に属し、新聞通信業務に従事していた点からその事例を熟知していたと推察され、且被告人両名が約一ケ月前に前記の如く豊田一郎から綿糸十俵を朝鮮人等により摘発の名目で奪取された事実を詳細に知つていた事、(4)、而して右坂本の連絡する一団の摘発隊は前記証人間宮友行の証言により、朝鮮人等第三国人の一団によつて行われると推察されること、(5)、被告人等は右坂本との間に摘発の不成功の場合に被告人等が依頼する摘発隊員に金五万円を提供する旨賠償の約束をしたこと、(6)、被告人谷川繕の知識業務よりすれば適法な摘発をなすべき機関を熟知していたと明らかに推察され、且つその連絡方法も一般人より容易になしうる状態にあつたこと、(7)、従つて被告人等は右坂本に連絡して前記竹豊工場の綿布を摘発の名目により第三国人等に奪取させ、その利益分配に領からうと企てたものであること、(8)、被告人谷川繕は間宮友行と共に朝鮮人数名の偽摘発隊が竹豊工場に赴いた際附近の麦畑に到り摘発の見張りを致したこと、(9)、当時朝鮮人等所謂第三国人は暴威を極めており、摘発不成功の場合に於ける賠償金についても非合法手段によるだらうと被告人等に於て予期し得る環境にあつたので、之を予期していたと思はれること、(10)、右摘発隊の一行には被告人今井保と顔見知りである清水某等が加つていたこと、(11)、前記証人間宮友行の証言により、被告人今井及間宮は賠償金の捻出につき特殊カフエー三日月を出て他へ金策に廻つていたのであるから、真実被告人の生命身体が急迫した危険に曝されていたとすれば常滑町警察署等へ連絡して救援を求める余裕が十分あつたこと、(12)、然し乍ら被告人両名等が救援を求めなかつたのは自ら非合法な計画をたて、その計画に於て予定された請求で之を甘受しなければならないものだと認識していたと推測されること、(13)、被告人谷川の妻の実家は被告人が監禁されていたと称する前記三日月と同じ常滑町であり、単なる金策であれば他町の知人と云うにすぎない久田慶三方へ行くまでもないこと、(14)、被告人谷川は昭和二十四年十一月一日保釈により出所後直ちに妻の実家から金二万五千円を借受けていること。
以上の事実により被告人両名は当初より朝鮮人等所謂第三国人をして竹豊工場の綿布を摘発と称して奪取させ、その利益分配に預からうとしたことが明らかで、右奪取が成功している場合にはその所為につき共犯の責任あるものである。かように違法な目的を達成する過程に於て「被告人等は孰れも朝鮮人数名に監禁せられ、殊に谷川は火鉢を投げつけられ頭に負傷し」たとしても前記指摘したように当時の情勢に於て殊に被告人等に於てはそれを予期しうる環境にあり、それを予期しえたと推測できる情況にあつたのであるから、判示の如く「当時朝鮮人の監禁を免れ生命身体に対する現在の危難を避くる為には久田慶三に救を求める外に道はなかつた」と判断するのは、従つて原判決は緊急避難の理論を適用することのできない事実に対して之を適用しているから本来恐喝罪の成立を認定すべき事実を罪とならずと判断しているため法令の適用に誤がありその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。